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フランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」がポッと浮かんだので聴いた。

そういえばわたしの友人に、いつどんなときでも頭の中で音楽が流れているという子がいる。寝ている間以外は本当の本当にずっとらしい。そして家系らしいのだ。あまりにゆかいなことなので、会う度に今は何が流れているか聞く。「ジャズが流れてるよ」とリズムを刻んでいておかしかった。

 

昨日100日ぶりにアイシャドウをして100日ぶりに大学へ行ったら、その子だけいなかった。もうほとんど目撃されてないようで、ついに音楽がうるさくなったのかね。ちなみにわたしが行かなくなった一番の原因は、通学バスです。ジャンヌダルクの終わり方は相当なものでしょうが、あそこではわたしがジャンヌダルクだった。おしゃれな服を着て、誰よりも聡明な顔つきをして乗り込んでいても、自分が一番みじめだった。自分以外全員愚かしいと思っていたが、事実はどうであれそのことをひとりで思考し続けることはしんどい。あのバスに乗るより穴があいて沈みかけた船に乗りたい。身動きは当然取れず、できることといえば脳内でコジコジのものまねをするくらい。誰もわたしのこと見抜いてはくれなかった。昨日バスに乗ったら全員知らない人で、たぶん一年生で、びっくりした、静かだった…なんでよ。ジャンヌダルクにしてよ。

わたしは意図のない読みづらい文章が嫌いで、当然それは長ければ長いほど芳しくない。読みづらいというのは、やたら濁点が多いとか足りないとかそういう基本的なことをはじめ、終始ポエムであるとか、あとは漢字とひらがなの配分バランス。表記ゆれも気になります。しかしわたし自身これをよくやってしまいます。あと100日で二十歳だ。とか

ほんとうのことはすべてわたしだけが知っていればよいのだけれど、そうやってすごしてきたらたいせつなことまで忘れてしまってすこしかなしいのだった。ほんとうに大切なことなんて実際なんにもないのかもしれないけれど、

 

こうですね。中学生の頃はこんな文をたくさん書いたりもしました。川上未映子に傾倒していた頃はひどかった。けれどたぶん楽しかった。


で、わたしはめちゃめちゃ嘘をつきます。たとえばわたしの母は大学で働いている。教授ではなく非常勤講師です。友達に職業を聞かれたら「大学のせんせ」と答えています。ここまでは全然嘘じゃない。でもそこで、えー教授なんてすごーい!と言われると、「ママは引くほど勉強が好きだからね」って答える。引くほど勉強が好きであることは紛れもない事実だけれど、この返答だと教授であるかのように感じる。親が教授だから育ちが良い、と見られたい気持ちは7%くらいで、残りは全部「この話題べつに面白くないし早く終わらせよう」というお気持ちです。もちろん大策略でつく嘘もあります。半世紀かけてつく嘘もあるし、こういう話はあまりにエピソードが強くて面白すぎて人が死ぬので出来ません。っていうかわたしは、人間とは、人生とは、我々はどこへ向かうのか。みたいな話を誰とでもしたいので、それ以外の話だと大抵全部嘘みたいなことがよくある。それは誰彼構わずです。ただ、策略的な嘘でいうと、家族や生い立ちについてが圧倒的に多いので、自然と家族に対してはつく嘘が少なめということになります。面白いのは、嘘がバレないということです。それは聞き手がわたしに興味がないからと考えてる。基本的に人は他人に深入りしたくないみたい。わたしはしたい。でも好きなときに逃げると思う。なんの話かというと、なるべく140字以上の他人が見れる日記で嘘をつかない練習をしてみようと思ったのです。 ここまでに嘘はひとつしかありません!よくやった